朝のお陰
住職になって1年が過ぎ2度目のお盆が近づいてきています。
法務(葬儀、法事、祈念)は重なった時など時に院首の手もお借りしながら、なんとかお勤めさせていただいています。
最近になって今まで母にお任せしっぱなしになっていた朝のお茶湯、諸堂の花の管理などもするようになりました。
修行時代は毎朝、当番で朝の仏飯、お水上げをしていましたが、こちらに来てからは母にお任せしていました。
東京にいた頃は仏様にお茶をお供えする習慣はなかったのですが、こちらではもっぱらお茶。神様はお水(時にお酒)をお供えしています。(これはお寺によって違うと思います)
毎朝約1時間かけこうしたことを、毎日繰り返し行っています。慣れてくると、本堂の静寂のなか日々の慌ただしさを忘れ気持ちを静めたり、あらゆる物事への考えを落ち着いて出来るようになりました。これもお陰かもしれませんね。
夏になると花の管理なども大変になります。母のやり方を勉強させていただいたり、修業時代のことを考えたり、試行錯誤の連続です。そういえば徳島の父もこうしたことを手際よくこなしていたのを、ふと子供の時の記憶が思い出されました。
